東芝事件株主弁護団の発足にあたって

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吉田泰郎

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高松の弁護士吉田泰郎です。事務局長 兼 広報担当です。 吉田の詳しい自己紹介ページはこちら
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私は、弁護団の設立時のメンバーです。

ですので、弁護団の立ち上げには、多少なりとも、私の個人的な思い入れがあります。

なぜ、私が「東芝の粉飾決算事件に、弁護団を立ち上げようと思ったのか」

ということについて、お話をしたいと思います。

もともと、私は、1999年10月に弁護士になったわけですが、その直後、2001年に、アメリカでは、エンロンという巨大企業が粉飾決算の事件を起こして、アメリカの証券市場を大混乱に陥れていました。

そのころ、私は、株式投資を少額ながらもおこなっていましたので、アメリカの証券市場の動きに興味がありました。

日本と違うのは、エンロンが破綻した直後、アメリカでは、各地で、被害者救済のために弁護団が立ち上がり、エンロンに対して、証券被害訴訟を起こしたことです。

日本では、こういう、粉飾決算が明るみに出た場合に、一番被害を受けた株主の被害を回復する弁護団というものは、ときには立ち上がることもあるのですが、大半は、とくに何もなく過ぎ去ってしまっていた、という印象でした。

日本でも、バブル崩壊の直後には、山一證券が巨額の簿外取引が明るみに出て破綻したようなケースで、山一證券の被害株主が、監査法人に対して損害賠償の請求を起こしたケースがあったと記憶しています。

しかし、たしか、私の記憶では、あっさりと株主が敗訴していたと思います。

そのころには、「こんなひどい粉飾でも、株主は救済されないんだなあ。株式投資は、怖いんだ」という印象でした。

ですので、当時の日本の証券市場では、粉飾決算は、上場廃止の原因にはなっても、それと株主の権利とは、無関係のような風潮でした。

そういう日本の証券市場と、海の向こうのアメリカの状況は、全く違いました。

アメリカでの証券訴訟は、一言で言えば、華がありました。

(2)へつづく